この週末、池袋は厳戒態勢だったようですね。例の自殺予告の手紙の消印が豊島局とみられていたことから、池袋近辺の中学校や高校が夜通し警戒されていたとか。ただ、よく考えると例の手紙は、タイミング的に日曜日に投函した可能性が高いわけで、もしかしたら、本庄市で自殺した中学生が、高崎線で池袋まで来て出していたのかもしれないな、と思っています。
こうしたいじめの問題があるたびに、責められるのは学校や教師。しかし、今のいじめは、学校や教師がいくら頑張っても容易になくせるものではありません。もちろん教師が率先していじめるような例は論外として、ふつうのいじめは、教師の見えないところでこっそりやるのがほとんどでしょう。「いのちの大切さを教えることでいじめをなくす」という人もいるようですが、これはむしろ逆効果。大切なものだと聞けば聞くほど、それを何とかして攻略したい、と考えるのが、ゲームで育った今時の子供の思考回路なのです。
そもそもいじめというものは、誰もが持つ人間の心の醜い部分に由来するものといえます。自分の弱さを認めたくないために、自分より弱い者をことさらに攻撃して、自分が強くなったと錯覚して安心感を得ようとする行為なのです。従って、いくら学校や教師が道徳教育を頑張ったとしても全くの無駄。この構造を壊さない限り、いじめはなくならないのです。
わたくしは、実は小学生の頃、当時のクラスのリーダー格となっていた人に助けられた経験があります。小学2年ぐらいの頃、鼻がかゆくてよく擦っていたのを見られて「はなくそほじるな」等とからかわれたのをきっかけに、「はなくそ」という有り難くないあだ名で呼ばれ、クラスで避けられる存在になりかけたのです。しかし、そのリーダー格の人は、当時わたくしが好んで来ていた小豆色のジャージに気がついて、「あずき」というあだ名を考案して、かなり強引に広めてくれたのです。おかげで、不名誉なあだ名と縁を切ることができたのでした。
逆に、わたくしが友達を助けた例もあります。その友達は次々にからかわれるネタになるようなことばかりやる人で、いつも不名誉なあだ名を次々につけられていました。そこで、一計を案じたのです。これまで友達に付けられた不名誉なあだ名を全部つなげて、節を付けて歌えるようにしたのです。当座は大ヒットとなり、みんな真似して歌いながらその友達をからかおうとしたのですが、やがて寿限無となり、誰も正確な歌詞を覚えられない状態となってゆきました。かくして、その友達をからかおうとすれば寿限無を正確に言えなければならず、ちょっとでも間違えればとたんに攻撃の矛先が向けられることとなり、徐々にその友達をからかう者がいなくなっていったのでした。
結局、言いたいことは、いじめられている人の周囲の仲間がどういう行動を取るかがいじめをなくす上で重要だ、ということです。これを読んでいる人で、もし今、いじめられている人が身近にいる、という人がいれば、ぜひともよく考えてほしいと思います。
コメント (4)
一計を案じたって、あんた諸葛亮か!
いじめを苦に自殺というのが後を絶たないですね。
大人も子供も今は自殺がブームなんですかねえ。
いじめられてる子を助けてあげたいっていう気持ちは誰もが少なからず持ってると思う。
でも“多数派に属してる安心感”ってのが小中学生の頃は大きいんじゃないかな。
助けてあげたいけど、そうすれば今度は自分が、自分も、いじめられるんじゃないかって。
そう考えてる子が多いのではないでしょうか。
いじめられてただ自殺というのはもったいない。
問題提起にはなるけれど、問題解決には至らない気がする。
どうせ死ぬならいじめてた連中も道連れに。
いじめって相手が無抵抗だから成立するのだと思う。
『もしかしたらいつか殺されるかもしれない』くらいの危機感を相手に抱かせる事ができれば、少しはいじめもなくなるのではないかと。
自殺する勇気があるんだから、いっそのこと相手に思い切り椅子でも投げつけてやればいいのに。
それにしても“不名誉なあだ名を全部つなげて歌に”ってのは素敵なアイデアですね。
勝手に想像が膨らんで、なんだか笑ってしまいます。
投稿者: Rudie | 2006年11月14日 23:11
日時: 2006年11月14日 23:11
そりゃ正攻法でいけば今度は自分が代わりにいじめられると思えば、策略も使いますよw
ところで、今日のニュースで続報がありましたね。例の自殺予告した人はこんどは板橋北郵便局管内から第2便を出し、先週の手紙を受けての世の中の動きで大人たちが信用できると思い直して、自殺するのをやめたそうです。ということは、本庄の中学生は関係なかったようです。
それと、今朝のやじうまプラスで紹介されていた東京新聞の記事によると、いじめる側もまたクラスの中で孤立した者がやっている、という調査結果が出たようですね。親しい友人がいない子は、いる子に比べて1.3~2倍の割合でいじめをした経験があるんだそうです。
孤立した弱い者が、さらに弱い者をいじめることによって、自分が強くなったと錯覚して安心感を得ようとする行為がいじめの本質だということを改めて確認した思いです。
投稿者: yohs | 2006年11月16日 00:23
日時: 2006年11月16日 00:23
弱いものたちが夕暮れ さらに弱いものをたたく
これブルーハーツのとある曲の一節なんですが、まさにそんな感じの世の中なんでしょうか。。
ちなみにこの歌詞をなんと古館さんが、報ステで何かの事件のときに引用してたそうです。
投稿者: Rudie | 2006年11月18日 23:49
日時: 2006年11月18日 23:49
「栄光に向かって走るあの列車に乗って行こう」って歌でしたっけ?大人たちの定めたレールの上を走っていけば未来の栄光が保証される、という幻想があって、しかし、そのレールにうまく乗っていけるかどうかで子供たちに序列ができていじめの原因となっている現状のなか、大人たちの本当の声を聞きたい、という歌だったように記憶しています。まさに、その頃の時代の課題がいまだに克服されずに、いまの時代に積み残されている感じがしますね。
投稿者: yohs | 2006年11月19日 02:07
日時: 2006年11月19日 02:07